燻製を行う「煙」には塩味も甘味もありません。でもなぜ燻製をすると美味しくなるのでしょうか?もちろん燻製工程における塩漬けや乾燥によって味が濃くなるという物理的な要因もありますが、それにしても燻製を行うことで劇的に風味が変わるのはなぜなのでしょうか?

 実はこの風味の変化は、私たちが食物の香りを受け止める構造に秘密があります。当記事を読まれているほとんどの方が「美味しさ」を感じている器官を「舌」と認識されていることと思います。しかしその舌よりも敏感に、そして繊細に食物の美味しさを感じとっているのは、なんと「鼻」だったのです。

【オルソネイザル経路とレトロネイザル経路】
  哺乳類の中で嗅覚が非常に弱いといわれている私たち人類。しかし近年では人類は嗅覚そのものが弱いのではなく、独自の嗅覚経路を形成してきたことが解明されつつあります。

 ほぼ全ての哺乳類が持つ嗅覚経路であるオルソネイザル経路。このオルソネイザル経路は鼻先からクンクンと嗅ぐような、いわゆる「匂う」行為の嗅覚経路で、私たちもこの経路から感じた香気成分を「香り」と認識しています。それに対し私たち人類のみが持つ嗅覚経路があり、食物を摂取したときの「ごっくん」という呼吸をはじめとした、喉からこみあげる香りの経路、これをレトロネイザル経路と呼びます。このレトロネイザル経路からくる香気成分を、実は私たちは「香り」とは認識しておらず「味」と認識しており、驚くことに味全体のなんと8割を嗅覚が、舌ではおよそ2割しか感じていないというものなのです。

人の嗅覚経路と味の認識

 皆さんはこんな経験はないでしょうか?風邪を引いたとき、鼻が詰まったときに味がわからなくなる。また、嫌いなものをどうしても食べなければ成らないとき、鼻をつまむと食べられるなど…私たちは無意識のうちに味の正体が香りであることを経験済みだったのです。

カキ氷のシロップは実は皆同じ味ということを聞いたことはありますか?都市伝説のようなお話しですが、実際に基本五味を認識できる味覚センサーにかけると、メロンも、イチゴもブルーハワイも、測定値はほぼ同じ値を示すそうです。また粉ワサビと粉カラシの辛味成分はアリルイソチオシアネートという辛味成分で共通しており、色と香りが両者の違いを決定付けています。このように食物のもつ「香り」というのは「味」の決め手に非常に重要なファクターであるのです。

火の賜物―ヒトは料理で進化した

【火の香りと人類】
私たち人類はいつから「人類」といえるのでしょうか。 二足歩行、大脳の肥大化、道具の発明、様々な説がありますが、ハーバード大学のリチャードランガム博士はこう語ります。「人類とチンパンジーの決定的な差は火の利用である」と。

火の発見は200万年前とも300万年前ともいわれていますが、定かではありません。しかし、確かにいえることは「火」は私たち人類に非常に多くの恵を与えてくれたということです。

 火の発見は私たち人類に「光」「熱」という大きな恵を与えてくれました。多くの恵とともに「加熱調理」という新たな食生活を手に入れた人類。狩りをしたその場での捕食ではなく、いつでも安全な場所で加熱殺菌した食物を摂取することが出来、更に大脳の肥大化に役立つ効率的な栄養を生成し、食の多様化、趣向性が生まれました。また火の副産物である煙は食物を干しておくだけで、「燻製」という保存法が偶然生まれたことから、長期備蓄という発想が生まれ、食の多様化や農耕への発展と繋がっていきました。いつでも安全に必要十分なエネルギーを摂取可能となった人類は徐々に力をつけ、今日まで繁栄し続けてきたのです。

 現在、ガスや電気など加熱調理の方法は日々変化していますが、その歴史はまだ100年程度のもの。人類が薪などの「火」によって加熱調理してきた数十万年数百万年に渡る火の副産物「煙」は、私たちが自然と求める「火」の香りなのではないのでしょうか。ホットプレートの焼肉よりもBBQの焼肉を、電子レンジのやきとりより炭火焼のやきとりを好むのは太古の時代から私たち人類に脈々と刻み込まれた火の記憶といえるのです。

【香りと記憶】
 赤ちゃんは母乳の匂いで乳首の場所をかぎ当てられることが知られています。火の記憶と同様、遺伝子に刻み込まれた香りに関連付ける本能は力強いものがあります。母乳にはまたバニラの香りと同じ成分が含まれているといわれており、この経験からバニラの香りが甘く感じるのはこのためとも考えられています。私たちは「味」と「香り」を関連付けるため、香りを嗅ぐだけでその香りの食物を食べているかのように反応することがあります。梅干やレモンの香りで唾液があふれ出てくるのもこのためですね。

燻製の香りは実に面白い反応が見られます。ヨーロッパの方に弊社燻製しょうゆを試食してもらうと「液体のソーセージだ」と表現をされることが多く、日本では「鰹節が入っているようだ」といわれます。同じ香りを嗅いでいる(味わっている)のに違う風味を思い浮かべるのは、もちろん地域ごとの燻製料理の歴史の違いに他なりませんが、共通しているのはこれまで経験してきた動物性の旨味成分である「イノシン酸」や燻製工程による「塩味」と関連付けているのではないかと考えられます。

 煙の香りによって太古からの「火」の記憶を呼び起こすとともに、燻製の旨味の記憶と直結させる役目を果たし、香ばしい美味しさを表現できる調味料ですので、お肉やお魚、和洋中のジャンル問わず どんなお料理も美味しく仕上げる、それが燻製調味料なのです。